ビデオアーカイブ


平成14年
祭りの撮影を始めたのは平成14年からでもう12年もたってしまいました
当時はまだVHSビデオ全盛の時代でDVDプレーヤーを持っている人も少なかった時代でした
その当時自分のお気に入りの屋台を撮影し友人知人にテープで配っていたような状態で
そんななか当時、知人が産業道路にあったパソコンショップで働いていてパソコンで西条祭りを再生したいといゅう依頼でDVDの西条祭りを製作することとなりました
当時パソコンのDVDドライブだけで7万円メディアが1枚700円ぐらいしていました( ゚Д゚)まさに興味本位だけで苦労して作っていたような状態でした
店で再生していていると売ってくれとの依頼も結構あり販売してしまったのが始まりでした(^-^;
最初DVDをCDケースに入れ販売していましたが中身より外観が大事と言われ((+_+))すぐにDVDのケースを作る羽目になってしまいました
始めた時は今では考えられないことですがディスクが1枚きり
当時メディアが高かったことと一部の屋台しか撮影していないこともありましたが最後は数分削ることに苦労をしていました
ケースの表の写真がなく昔(1980年頃)の写真を使ってしまいました(*´ω`)
1980年当時は4時頃川入りをしていたので明るさの違いにびっくりします
ホワイトレーベルのDVDもなかったのでディスクにラベルを貼って作っていました


平成15年
次の年、平成15年では新調された清水町の屋台をケースの表紙にしてみました、写真ならやはり新調屋台がいいと思いこれからの定番となりました
白木の新しい屋台も時とともに色づいてきますがこの作成したDVD久しぶりに再生してみてみるとなんと予備を含めて再生できず((+_+))
当時のメディアは国内産でもまだまだ品質に問題ありなのか経年劣化で仕方がないのかHDDに保存してあった予備の予備で新しくディスクを作成しました
もう少しでマスターがなくなってしまうところでした


平成16年
平成16年ではやっとディスクが2枚となりました
ホワイトレーベルのディスクに印刷を始めました
DVDのドライブも新しいものに変更したせいか保存していたディスクが現在でもエラーなく再生できていました

祭りでは相変わらずお気に入りの屋台がメインでしたが玉津から加茂川土手までずっと撮影するようになりました
玉津から加茂川までは山並や稲の実った田んぼなど背景がいいところが多く加茂川の土手登りは神戸地区以外は祭り最後の勢いを感じ、私のビデオの見せ場になりました...

川入を見てみるとこの当時でも本当に明るいこと!!
屋台の台数に変わりはないと思うのですが現在はどうして遅くなったんでしょうね?3枚目の写真は神輿が川から上がるところです




平成17年
平成17年ではいきなりディスクが4枚となりました
写真を見るとわかるのですがDVDケースが標準サイズの倍の厚さとなっています
4枚収納なのに当時は収納ケースでも苦労していました
伊勢音頭フェスティバルを収録し1枚追加となったのですが
ディスクの増えた原因は撮影カメラをVX−2000といゅうハイエンドのカメラに変更したことでした
...
今まで家庭用の市販カメラで撮影していた為夜は画質がかなり落ち色も汚くなっていたためあまり熱心に撮影していなかったのですがVX-2000は肉眼で見る以上に明るく撮影できるため夜間お旅所の画質の綺麗なこと。撮影した本人が感動していました
ディスクを見た人にも撮影レベルが上がったんじゃないかと言われましたがカメラが良くなっただけなのに(^^;)
これからVX−2000が夜間撮影の定番となりました



平成18年
平成18年ではディスクが5枚になりました1枚追加となったのは17年は宮出しが雨になり撮影していなかったのがこの年は宮出しも撮影しました
さらにこの年は伊勢に屋台の奉納がありそれも収録しました
伊勢ではどういゅうスケジュールで行われるかわからず撮影には思ったより苦労しました
伊曽乃の祭りでは運行予定が毎年変わらず進められるので撮影者にとっては見どころを逃さす撮影ができることをこの時実感しました



平成19年
平成15年は清水町16年は西新町17年は都町18年は川沿町と順調に新調屋台がケースの表紙を飾っていたのに平成19年は新調屋台なし(*_*)でも大丈夫。千の風の秋川さんがヒットし初めての西条祭り参加の年でした
追っかけこそしなかったものの見つけたら撮影しまくっていました

自分の撮影でも大きな変革がありこの年からハイビジョンカメラ(HDV方式)で撮影を開始しました
ハイビジョンのカメラのため大きく重く撮影が今まで以上に大変
さらにこの頃のパソコンではハイビジョンの編集をこなすだ...けの能力がなく自分も新しい編集ソフトを使いこなすことができず

結局ハイビジョンで撮影したもののハイビジョンのディスクを発売することができませんでした(*_*;(*_*;
ブルーレイのマスター1枚を作るのにパソコンがフルパワーで24時間もかかっていたのですからハイビジョン編集は本当に大変なものでした